paris55’s diary

人生折り返し女子 プチ介護と日々の楽しみ

神在月の終わりに 年賀状準備

 

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多賀神社参道の階段から川を眺める 八百万の神々はこちらからお帰りになる

 

12月に入った。

去年の今頃は、母と年賀状を準備した。

私が印刷済の年賀状を買ってきて、母は宛名とメッセージを書く。

私が年賀状の差出しリストを作る。そして、散歩を兼ねて一緒に投函した。

それでも、年賀状を出したかどうか不安になる相手があったようだ。

と思いたいが、年賀状を書いたことも出したことも忘れている。

 

自分で年賀はがきを買って、また年賀状を書き、投函を頼まれたりした。

私はリストを確認して「こないだ出したんだけど…」と思いながら、

投函せずに持っていた。来年の字と比べようとおもって。

 

母の故郷も、友達の多くも関東。

遠く離れた大切な人たちに、毎年年賀状を書くのは、母にとって大切な行事。

もうすぐ85歳になる母にとっては、お互いの生存確認の手段でもある。

 

「来年もこうして、年賀状を出せるといいな。

一緒に家でお正月を迎えられるといいな。」

 

母は本当にきれいな字を書く。

去年は、宛名の字の大きさのバランスが崩れ始めた。

この一年で、ひらがなの字形が少しずつ崩れてきている。

絵手紙でも、絵の素材をじっくり見たり、字を書く集中力だったりが、

少しずつ短くなっているのを感じている。

 

母は、

「これが年を取るってことなのね。」

自分が認知症であるとは、思っていない。

集中力に関しては、認知症に関係なく、加齢によってそうなるのだと私も思う。

 

そんな母は、少し前から、百人一首を素材にした「手習い」をしている。

私が書店で見つけて、買って来た。

半紙に、筆ペンで

  田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 

        富士の高嶺に 雪は降りつつ

とか書いている。しかも、すごい集中力で!

持続する時間は短くなったけれど、話しかけても返事をしないくらい。

がんばっている母は、本当にえらい、と私は思う。

 

今年も年賀状を買ってきてほしい、と頼まれている。

よかった。今年も一緒に準備できそう。

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。