連休介護
85歳、要介護2の母は、実家で一人暮らし。
身の回りのことを一人で全部するのは、もう難しくなっている。
兄嫁のYちゃんと娘の私が、「黒子」として日々のサポート。
Yちゃんは、日々の食事・薬の服用、週4回のデイサービスの見送り・お出迎え、病院の付き添い、ケアマネさんとのやりとり。
私は週末を中心に、掃除や細々した家事系やお出かけ・散歩などのリハビリ系を担当。
本当にYちゃんのおかげで、母は自宅にいられる。
少しでもYちゃんの負担を減らしたくて、私は月に2回、お泊りする。
母が、一人で過ごす時
一人の食事は味気ないせいか、せっかく用意しても手を付けていないことも多い。
Yちゃんに、申し訳なさいっぱい…。
また、ごはんやおかずを電子レンジでチンして、そのまま忘れてしまう。レンジに長時間かけすぎて、食べられないくらいカッチカチになっていることも。
対策として、大きい付箋に「チンは1分だけ」と大きく書いて、レンジに3か所貼っておいた。
そしてその後、電子レンジの中で、たまごパンが黒焦げになっていたらしい、、、。
ウーン、、、。
結局、あたためオート機能のついたレンジに買い替えた。
普段、私が泊まる時
母に残った能力を維持するために、一緒に買い物に行って、一緒に調理して食べる。
そう、お泊りのときは、私はずーっと母と一緒。
そして、これがなかなか大変。
私は底の浅い人なので、余裕がないと優しくできないから。
この半年くらいで、母の、さっきの事を覚えていられる時間が短くなっている。
一緒に買い物に出かけると、何度も財布の中身を確認する。
家を出てから支払いが終わるまで、多分10回は確認する。
「私が(お金を)持っているから、大丈夫だよ。」
「さっき確認して、あったよ。」
と私も声をかけるが、そのうちに「確認して安心するなら」と黙って見ている。
自分のことは、自分でしたい母。
支払いも、母に自分で払ってもらう。
認知症になると、とりあえずお札で払いがち、になるらしいが、母はきっちり小銭も交えて払っている。
調理中の母の包丁さばきは見事!
私よりも速く、大きさを揃えてきれいに切れる。
「すごいねー!さすが!」👏👏👏
母にしてほしいことを二つ以上、一度に頼んではいけない。
一つずつ伝えると、サッサとこなして「次は何?」と聞いてくる。
私が自分のことができてなくて、慌てるくらいだ。
食事中は、母は
「(私の)お義母さんは、何年生まれ?」
「(私が)仕事を終わって帰るのは、何時ごろ?」
を際限なく聞いてくる。本当に食欲が落ちるくらい聞いてくる(笑)
私は私で、話題を変えるようにがんばる。
そして今回、GWのお泊まり。
Yちゃんは、県外の実家へ帰省。
朝、私が実家に着くなり、母が神妙な顔で言った。
「じいさん・ばあさんが、施設に入れられているのよ。会いに連れて行ってくれないかしら?」
「じいさん・ばあさん…?お母さんの、お父さんとお母さんのこと??」
もう亡くなっていることを説明して、その時は納得してくれたものの、この後も何回かお願いされた。
「お母さんは、まだ天国には行けないんだよ。」
この思い込みは、まだ続いている。
昼食後、二人で近郊のフラワーパークへ。
休み、休みながら、けっこう歩いた。
ニコニコしている母を見るのは、嬉しい。
「髪が伸びて白髪が目立つなあ。美容院、予約しないといけないな。」
母は、ちゃんとしていたい。
誰にも迷惑をかけずに、自立して生活していたい。
だから、キレイでいたい気持ちも強い。
母と歩く時は、手をつなぐ。
初めは冷たい母の手も、歩いているうちに温かくなる。
無理はさせられないけれど、血流が上がっていると思うと嬉しい。
ご機嫌のときは、つないだ手を前後に振りながら、歌を口ずさむ母。
「おててつないでぇ、野道を行けばあ♪」
そして、決まって言う。何度もしみじみと。
「お前がこっちに帰ってきてくれて、本当によかった。」
「けんかのとき、あんなにきゃんきゃん怒っても?」
「うん。だって親子だもん。わかってるよ。」
耳の遠い母は、テレビの音量55。
大きめの声でゆっくり話さないと、聞こえにくい。
腹筋が鍛えられて、ダイエット効果あり。
現状では、補聴器も管理も含めて使えないと思う。
けんかして興奮すると、私も声が大きくなり、きゃんきゃんうるさい。
「私がきゃんきゃんうるさいのは、絶対お父さんに似たんだと思うのよね。」
「えー。お父さんにゆってやろ。」
父は天国で笑ってる?かな?