paris55’s diary

人生折り返し女子 プチ介護と日々の楽しみ

認知症11年目。何とか一人で暮らせている母は、今年も冬を越せました!



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この数ヶ月「寒い、寒い」と、ベッドに潜り込む日々。何だか、母はまた少し小さくなった?ように感じる。私も1年で一番忙しい時期。なかなか思うように、連れ出したりできない。毎年、病気が進行するのではないか、気が気でない時期。

 

Yちゃんが食事を用意してくれても、手をつけていないこともしばしば。

一人の食事だと楽しくないからか、ホントに食は進まない。パンとかカステラとか、そんなものばかり食べている模様。体力、大丈夫かな…。

 

県外にいる娘が、年末に続いて、春休みに帰省してきた。しばらく家で様子を見て、コロナは大丈夫そうなので、一緒に母のところに泊まりに行こうか、考えていた。

 

娘は、コロナ禍の最中、進学して一人暮らしを始めた。大学はオンラインを中心にした授業。友達を作る機会もほとんどなかった。見知らぬ土地での初めての一人暮らし。部屋からあまり出ず、頼みにしていたバイトもなかなか見つからず。感染を心配して、ずっと帰省しなかった。ライン電話を使っても、やっぱり会って顔が見たい。

 

ようやく昨年末に帰省。

マスク生活に加えて、ストレスで肌がボロボロになって帰ってきた。お肌すべすべだったのに…。

娘が感染していないことを確認してから、一緒に実家にお泊りに行ったその時。

認知症の母には、悪気は全くない。もちろん、心配して言うんだけど。

「どうしたの?その顔。なんでそんなにぶつぶつ出てるの?病院、行ったの?」

を、容赦なく、ずっとくり返す。年頃の娘にとっては、なかなかつらい言葉。初めは笑っていた娘も黙り込んでしまった。一緒に食事している間、母は何度もくり返し言うので、私の方がいたたまれず、

「いい加減にして!」

と激怒。和やかな夕食にしたかったけど。

 

今回の春休みは「もう行きたくない」と言うかな?

「おばあちゃんが忘れないように」と、たまに母に電話をしてくれる優しい子。

「お母さんが行くなら、一緒に行くよ。」

ありがとう。私だって、あなたと一緒にいたいから。

 

今回、母は、あまり娘の肌荒れは触れず。良かった。孫に対して、祖母らしくありたいようで、世話を焼こうとしたり、何度もお小遣いを渡そうとしたり。

 

母は、娘である私には、母親であろうとしている。私が何か言えば、母なりの理屈をこねる。(コレが腹立つ時もある。)優しい嫁のYちゃんに対しては、心細さを訴えたりして甘えている。

 

色々なことが、少しずつできなくなっているけれど、社会性というのか、母は相手に対して、まだ自分の役割を果たしている。認知症でも、母は、しっかり自分の足で立って生きている。母がまだ「自分」でいられることが、やっぱり嬉しい。

 

もう、桜は終わりつつある。少しずつお出かけして、足腰を鍛えないとね。